マーケティング

2025.06.07 14:15

終わりの作法ー「記憶の中の残り方」が、ビジネスの関係性を決めている

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"終わり方"が軽視されている

興味深いのは、この現象が「信頼の崩壊」と「関係性の終焉」に呼応するかたちで起こったことだ。前述の出来事に対処している当初は、当然ながらその名前が何度も浮かび、さまざまな感情に揺さぶられたが、そこからしばらく時間が経過した後、記憶の深層で「この名前はもう必要ない」という判断が静かに下されたのかもしれない。

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ビジネスにおいては、関係性の"始まり方"に比べて、"終わり方"が軽視される場面が少なくない。だが実際には、終焉の仕方こそが記憶に刻まれ、そこに伴う認知や評価が、その後の判断基準として蓄積される。私達のGUT feeling(直感)はまさにそれの集積により鋭敏になっていくと言える。

ビジネスの世界で皆にとって理想的な終わり方などというものは、実際にはほとんど存在しない。互いに気持ちよく「また次の機会に」と言って別れることができれば御の字だ。だが多くの場合、そこには言葉にされない様々な事情や感情が絡み合っている。

終わり方には3つの姿があるのではないだろうか。言葉を尽くして丁寧に終える「対話型」、何も語らずに静かに幕を引く「沈黙型」、そして一方的かつ突然に関係を断つ「切断型」だ。興味深いのは、それぞれの終わり方が、その後の業界内での評判や将来的な再接続の可能性に大きく影響することだ。

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例えば、あるアパレルブランドA社とB社のコラボレーションの事例。両社は終了の理由について一切公表せず、その後も互いに言及することなく、商品はアーカイブ化された。表面上は「沈黙型」の終わり方だ。この「語らない姿勢」が両社の品位と関係性を守り、顧客間では「あれは特別だった」と語り継がれることになった。時に「言わないことが礼儀」となる終わり方も存在するのだ。

対照的なのが、ある老舗OEM企業の事例だ。長年支えてきたブランドからの連絡が突然途絶え、後に「価格が合わない」という理由でそのブランドは別のOEM先と契約していたことが判明した。この「切断型」の終わり方では、説明の欠如が「誠意の不在」として業界内で静かに評価を下げていく結果となった。終わり方と終わった後に言葉を使わないという選択は、時に取り返しのつかない信頼喪失を招くことがある。

個人ビジネスの領域ではさらに顕著だ。フリーランスやコンサルタント、クリエイティブ業界では、プロジェクト終了後のあり方が未来の関係性に直結する。納品後に返礼も挨拶もなく、SNSのフォローまで外すような終わり方をする人は、記憶に「負」として刻まれる。一方、「静かに感謝が残る相手」は、別の文脈で再びつながることが多いのだ。

結ばれた関係が、どのように終わりを迎えるか。そこには人や組織の姿勢や倫理観が表れる。そして、それは「名を思い出す価値があるかどうか」という記憶のフィルターを通じて、受け手の中で仕分けられていく。

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文=日野江都子

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