分極化する米社会で、“党派的なビジネス”が次々と生まれるなか、保守派の人気政治コメンテーターもその流れに乗ろうとしている。
タッカー・カールソン(55)が満面の笑みを浮かべながら、メイン州ブライアント・ポンドにある自宅の納屋へ入っていく。米テレビ局大手「フォックス・ニュース」で保守派の政治コメンテーターとして人気を誇った彼は今、おいしいマスが釣れるこの村で暮らしている。ヤマシギを仕留めたばかりの彼は、狩猟ジャケットから実弾の28ゲージ散弾銃の薬莢を取り出し、手でコーヒー豆を挽き始めた。
2024年米大統領選挙の前日だが、カールソンは不在者投票でドナルド・トランプに投票している。散髪してから、数時間後にトランプ陣営が選挙本部を置くマール・ア・ラーゴのあるフロリダ州へ飛び立つ予定だ。起業家のイーロン・マスクや米下院議員のマージョリー・テイラー・グリーン、そしてトランプ自身と選挙結果を見届けるためである。カールソンは自身の新事業に触れて「成功させたいけれど、(フロリダへ行くのは)そのためのパフォーマンスではないよ」と言うと、プラスティック容器に舌を突っ込んで2個のニコチンパウチを取り出した。
「激怒しているからだ」
雑誌記者だったカールソンは、00年にCNNで初のテレビ出演を果たすと、政治討論番組の共同司会者を務めた後、保守派の政治コメンテーターとして知られるようになった。その後、テレビ局大手のPBSとMSNBCを経て、10年に保守系ウェブサイト「デイリー・コーラー」を共同創業。16年、トランプ時代が到来するタイミングで、フォックス・ニュースは「タッカー・カールソン・トゥナイト」を立ち上げた。23年4月の降板まで、プライムタイムで最も視聴率の高いケーブルニュース番組となった。独立後は、動画配信プラットフォーム「タッカー・カールソン・ネットワーク」で活動している。
米国企業へのアンチテーゼを込めた製品
そしてカールソンは24年11月、ケンタッキー州ルイビルに本社を置くニコチンパウチブランド「Alp(アルプ)」を共同創業した。同社は、トランプ時代に生まれた新種のスタートアップ・エコシステム(生態系)を象徴する企業の一つで、これまで政治とは無縁だったビジネスの世界に党派的な部族主義を吹き込むことで顧客を生み出している。これらの企業は、かつての左派のように緩い連帯意識に乗じているのではなく、日常生活で使う商品やサービスを販売する会社で、主に右派層に向けた右派的な色合いを帯びている。米大統領選挙で共和党から立候補したヴィヴェク・ラマスワミの“反・意識高い系”のETF(上場投資信託)がその一例だ。